最近、一流とは何ぞや。一流のサービスとはなんだ?というのを知りたいために、有名店によく行くようにしています。でも・・・
はっきり行って散財です。生活はキッツイです。でも、自分のサービスを使ってくれるお客様に良いサービスを提供するには、いろいろな物を見ていろいろなことを感じて、広い世界を眺めた中でつかまなければいけないものがあるような気がしているのです。だから、勉強。
でも、思うんです。高い部屋に泊まれば泊まるほど、高い食事にすればするほど・・・こういうことじゃないという思い。確かに、高い部屋は広くて綺麗で使いやすくて、豪華で素敵。
高いご飯は良い素材を使って、手間隙かけて作っているのでおいしい。
でも、そうなのか?と思う面があったりすることもあります。
なんだか、いろいろな違和感だったり、逆に、すばらしくて感心するところがあったり・・・いろいろです。だからこそ、自分がどういうサービスを自分のお客様に提供したいのかというのを見習うことができるのかもしれません。
他人から見れば、豪遊しているように見えるのかもしれません。でも、平凡未満の家庭になってしまった生まれの出からすれば、マナーとか礼儀とかぜんぜんわからず、恥書いたりすることのほうが多くて、大変ですよ。
まぁ、1度笑われたことは次からしないようになるので、レベルが上がっているっちゃー、上がってるのかもしれませんが、それでも、ようやく人並み。
心地よいというよりは、大変なことが多い、このホテルめぐり。でも、いままで、人生30年、人生勉強をサボってきた自分には仕方が無い補習なのかも知れません。
そして、そういうなりに比べて思うことは、高級店のカチッとした雰囲気も悪くないですが、気軽な庶民風のお店がなんだかしっくり来ることが多いということです。
もちろん、庶民的な店でもダメな店はたくさんありますが・・・逆に、一流店に負けないような良い店だってたくさんある。なんだろう?と思うわけです。
いったい、自分が何を求めていて、どういうことがしたくて、どこへたどり着きたいのか?30にもなって自分探しをしている未熟な小僧ではありますが・・・
なんだろう・・・結局・・・どこへ行きたいんでしょうね・・・自分。
でもまぁ、最近になって思ったのは、『自分の高い腕を人に見せて評価されたい』という気持ちから、だんだんと、『たとえ、腕が未熟でも良い、人を笑顔にすることをしたい。未熟でもなにかできることがあるはずだ。』という気持ちに少しづつ変わってきているのは、なぜなんでしょうか? 。生活にゆとりができたということなのかなぁ・・・いえ、散財ばかりなので貧乏生活ですが・・・
自分には、いろいろ世界を教えてくれる頼もしい親はいませんでした。でも、まぁ、ダメ親はダメ親なりにいろんなことを教えてくれました。感謝はしています。尊敬はしないですが。それでもやっぱり、何か欠けているものが自分にはあると感じる以上、わめきながら、泣き叫びながら、恥をかいて、笑われながら。失ったものは取り返し、得られなかったものは取得する以外ないんだろうなぁと・・・
あぁ、徒然ない日記ですんません。
ちなみに、読者の皆さんは、どこへ向かって、何をしたくて歩いているんですか?
でも、思うんです。高い部屋に泊まれば泊まるほど、高い食事にすればするほど・・・こういうことじゃないという思い。確かに、高い部屋は広くて綺麗で使いやすくて、豪華で素敵。
高いご飯は良い素材を使って、手間隙かけて作っているのでおいしい。
でも、そうなのか?と思う面があったりすることもあります。
なんだか、いろいろな違和感だったり、逆に、すばらしくて感心するところがあったり・・・いろいろです。だからこそ、自分がどういうサービスを自分のお客様に提供したいのかというのを見習うことができるのかもしれません。
他人から見れば、豪遊しているように見えるのかもしれません。でも、平凡未満の家庭になってしまった生まれの出からすれば、マナーとか礼儀とかぜんぜんわからず、恥書いたりすることのほうが多くて、大変ですよ。
まぁ、1度笑われたことは次からしないようになるので、レベルが上がっているっちゃー、上がってるのかもしれませんが、それでも、ようやく人並み。
心地よいというよりは、大変なことが多い、このホテルめぐり。でも、いままで、人生30年、人生勉強をサボってきた自分には仕方が無い補習なのかも知れません。
そして、そういうなりに比べて思うことは、高級店のカチッとした雰囲気も悪くないですが、気軽な庶民風のお店がなんだかしっくり来ることが多いということです。
もちろん、庶民的な店でもダメな店はたくさんありますが・・・逆に、一流店に負けないような良い店だってたくさんある。なんだろう?と思うわけです。
いったい、自分が何を求めていて、どういうことがしたくて、どこへたどり着きたいのか?30にもなって自分探しをしている未熟な小僧ではありますが・・・
なんだろう・・・結局・・・どこへ行きたいんでしょうね・・・自分。
でもまぁ、最近になって思ったのは、『自分の高い腕を人に見せて評価されたい』という気持ちから、だんだんと、『たとえ、腕が未熟でも良い、人を笑顔にすることをしたい。未熟でもなにかできることがあるはずだ。』という気持ちに少しづつ変わってきているのは、なぜなんでしょうか? 。生活にゆとりができたということなのかなぁ・・・いえ、散財ばかりなので貧乏生活ですが・・・
自分には、いろいろ世界を教えてくれる頼もしい親はいませんでした。でも、まぁ、ダメ親はダメ親なりにいろんなことを教えてくれました。感謝はしています。尊敬はしないですが。それでもやっぱり、何か欠けているものが自分にはあると感じる以上、わめきながら、泣き叫びながら、恥をかいて、笑われながら。失ったものは取り返し、得られなかったものは取得する以外ないんだろうなぁと・・・
あぁ、徒然ない日記ですんません。
ちなみに、読者の皆さんは、どこへ向かって、何をしたくて歩いているんですか?