大好きなシリーズであるFate。ただその欠点の1つが内向きな主人公というか、暗い主人公というか(w。ダメを極めて、極めて、良に勝つ。みたいな、総会ではあるのですが、どこか暗部が隠しきれない作品でした。
このFate/Zeroは、同一作品の別作者ということで、うってかわって、豪放磊落(ごうほうらいらく)。久しくなかった、突き抜けるほどの爽快感。まるで魁!男塾のような古くさい漢 論が楽しかった!
王たちの狂宴
王 最近めっきり聞かれなくなった言葉です。英雄もしかり。英雄不在の時代。たしかに、平和な時代である昨今。戦争の英雄は不要です。
しかし、英雄が無くなると同時に、英雄がになっていたなにか大切な別の物までなくなってしまったような気がするのは僕だけでしょう・・・ねぇ(w
もともとFateという作品の中には、そんな今の時代では無くなってしまった英雄を描いた作品でした。強い英雄、優しい英雄、悪い英雄、なさけない英雄。etc,etc. そういう際だった人間達の話がオタク達にウケて非常に人気になった作品です。
しかし、その作者の独特の方向性から、どこか後ろ向き、どの英雄もかならず暗い影を潜めていた物です。それを打ち破るのがこの作品。虚淵玄という新しい語り手を得て、(もともとこの虚淵玄も暗い話が特異な語り手ではありますが)、豪放磊落な王の話となっています。
3人の王の物語
特に、この巻は、登場人物の中でも最も猛々しい二人の王と、作品中もっとも繊細な王の3人の王の話となっています。
この猛々しい王、我意を貫く、ともすれば悪王。ともすれば暴君。しかし・・・悪党ではない・・・。むしろ、どこか、人があこがれる。強さと魅力を持った王。
『正義』という意味では、全作の主人公の一人でもある、セイバーが最も正しく美しい王ではあるのですが・・・。この傍若無人な王様は、それをもって、セイバーの事を過去のことを悔やむのは暗王であると唾棄します。
自分は確かに暴君であると。しかし、人を魅せてきたと。
そしてそれは彼の宝具(必殺技)で証明されます。彼の宝具は、彼の部下からの信頼の証、死してなお信頼される絶大なる魅力。それが王の証。
誰よりも正しくあろうとしたセイバーが仲間に裏切られ滅んだのと逆に、だれよりも傍若無人であったこの征服王が誰よりも仲間から信頼されていた証。
そのラストシーンまで読み進めたときの心に残る爽快感が、なによりも、この王の魅力であり、この巻の魅力なのでしょう。
裏側にある暗い英雄の話
もちろん、本来のFateと同様に、暗く、黒い英雄の話も同時に進行していきます。悪の象徴としてのキャスター。人の命を奪い続ける狂った魔術使いの話。
女に人生を狂わされていく騎士の話。
守りたい命のために、自らの命を暗黒に染める男の話。
偉大なる王の話の裏側で、そういった、黒く暗い話が進行していきます。
それもまた、人間の側面。善悪にかかわらず、人を惹きつける英雄もあれば・・・善悪によらず人に疎まれる英雄もある。そういう事だと思います。
読めばわかるさ・・・
この本の面白さを説明するのは難しい。せめて、読めばわかるさ・・・と、言うぐらいしかない。しかし・・・この本を読むためには大量の前知識が必要だ・・・
Fateという作品に対する理解。歴史的な英雄達への知識・・・あぁ、きっとこの本の良さを理解できる人の手には、すでにこの本が届いているだろうし。
そうでない人には、前知識が足りなさすぎて、理解が及ばないんだろうなぁと。
それがこの本の良いところであり、悪いところ。濃い本であるが故に濃い良さを持っているのですが、濃い本であるが故に知識のない人には理解しがたい
それでも、きっと、ほんの一寸だけでも、わかってもらえると思うのです。この本のすべてがわからなくても、この本の良さが
結局、何かを信じて、自分の生命を最後まで燃やし尽くした英雄達の物語だと言うことを。
どうせいつかは、土塊(つちくれ)になる人生。ただ快楽のためだけに生きるか・・・それとも、ほんの少しだけ英雄達にあこがれて、物まねだとしても、英雄のように生きてみるか。
まぁ、それは言い過ぎとしても、ちょっとあこがれてしまう、英雄達の物語です。
Fate/Zero
私は本家のほうが好きですね。
こっちはどうも道徳観を捨てなきゃならんので…もちろん良作ですが、少し精神的にキツイです
私は逆にZeroの方が好きですね。
本家の少年漫画的ご都合主義も嫌いではないですが、HF以外のシナリオは…特にセイバー編は好きになれませんでした。
UBWは確かに「漢」シナリオとしてハマりましたが。
と、いうのも…主人公もヒロインのセイバーも結局、徹頭徹尾、綺麗事でしか物事を見ていないんですよね。
理想は尊いものだ、それを追求した果てが英雄。
そういうスタイルが騎士王の在り方。
その綺麗事故に悲劇に巻き込まれるのは必然。
結局、彼女もランサーも自己満足に生きた人間です。
そこに「義」と「美意識」という尊い信念はあったものの、それに巻き込まれて、つきあわされた人間は必ずいるはず。
その犠牲を無視して突き進んだ挙句の後悔。
そこで聖杯を求めるってのは征服王の言い草ではないけど、本当に「利己的」というか「俗物的」ですよね。
「人」としてその姿は正しいものの、
「王」として「王は人ならざる者」とする彼女は明らかに二律背反以前の矛盾を抱えています。
それは人としては許されるべき弱であり、清冽さの同居ではありますが、「指導者」としては暗君。
明確で合理的な方向性を示唆できない指導者など、結局はその曖昧な指示で有能な人民を殺すのですから。
同様にエミヤシロウという存在もまた非常に罪深い。
多くの人間を救うために「正義のために」という理想は非常にシンプルで判りやすいのですが、彼があぁ動かなければあの戦争はもっとシンプルに終焉していたきらいはあちこちで見受けられました。
おそらく、戦後も自分の周囲の状況、自分の置かれた環境をなんら理解セズに綺麗なまま英雄になろうと邁進するのでしょうが。
その姿ほど、傍迷惑で、しかし周囲を魅了する厄介なものはないのでしょうね。
ただ、その姿を美しいものと誇張するために原作者はあちこちでこの美しい世界観を破壊するような馬鹿な真似をしています。
投影品はランクが下がる、という大前提であるにもかかわらず、あの狂戦士を7度も殺す剣を投影させたり。
(しかもその剣は権力の象徴である装飾品にすぎないのに)
明らかに格下の弓兵にさえ筋力や膂力で及ぶはずのない主人公が、明らかに弓兵よりも膂力や筋力に優れる英雄王とチャンバラできて、しかも勝利したり。
言い出せばきりのない「シリアスシーン」でのシナリオミスの数々。
Zeroではそういった「粗さ」が鳴りをひそめ、えもすれば緊張感にかけなくもない本編の戦争とはまた違った素晴らしくスリリングな聖杯戦争を目撃できます。
そういった面で、征服王や英雄王は強いのですね。
清濁併せ持つ、といいますか、それも含めて「強大な我」という方向性を示唆しています。
そこには非常にわかりやすくシンプルな目的意識と指向性の高い行動力が王と臣下を一丸としやすい。
故にその「一丸」たる姿、その理想そのものを具現化したものが彼らの宝具をそのまま象徴します。
明確なカリスマを持ち、文字通り無法に近い状態から伝説にのし上がり、現在でも比類なき者と語られる二人の王。
征服王はその王国の在り方を、
英雄王はその君主としての絶対性を誇るようにみえます。
それはそのまま彼らの生きた時代の投影なのでしょうが。
その構図を描ききった本作の作者の構想力に感服します。
それでいて、どこかコミカルな作風を残して飽きさせないこの作者の執筆力は原作者のそれを大きく上回る技量だと思います。
もっとも、この愛すべき世界観を構築する原作者さんの天才性は疑う余地もないのですが。
かっこいいのですが、これもまた征服王とやってることは変わらないのですよね。
自国の範囲の中で良い王であったとしても、結局、彼女は史実では外征を行っています。
本編は主人公がうざったくてマイナスだったけど、この作品は非常に好感が持てる。戦いに綺麗事持ち出すアホな主人公の見本だしね、シロウ。
綺麗事を適当に言っていればヒロインたちがマンセーしてくれるんだからチョロイものです。空気読めない子なのにね。
けれど、こちらの主人公は違う。胸に弱さを抱きつつも、理想のために泥臭い道を突き進む姿は非常に男らしい。
ハイレベルの魔術師相手の裏をかき、必殺の牙で倒すくだりなど、読んでいて手に汗握りましたよ。なにより、本編のように安易なパワーバトルではない事がいい。
まあ、その分セイバーのうざったさが浮き彫りになるというね。無理だと思いつつもあのアホ毛王には退場してもらいたくて仕方がない。
しかし、ホントこっちのが文章上手いのな。文章もある程度合わせてあるし、凄いなこの人。