若い内の苦労は買ってでもしろ?
まぁ、僕は、若い内に苦労した方なんだと思います。あくまでも比較論ではありますが。なんっうかこう、『神よ七難八苦を我に与えたまえ』なんて、本気で願ってしまったりするほど、辛いことが日常的にあって、もう、どうせだからかっかってこいやー見たいな日々でしたからねぇ。そのせいか、比較的、自分の目の前にある、『辛いこと』から逃げて逃げて、ビビってるんだけど、まぁ、体当たりしていく。みたいな半生でしたよ
バカだったから
あまり頭が良くなかった子だったので、普通に人と勝負しても負けてばっかり。ついでにクラスになじめないし。まぁ、アニメ大好きオタクっ子なわけですよ。そんでもって、バカだったので、TVの中やアニメの中の努力すれば報われるというのが、オオウソで、物語の中だけの世界なんだ。虚構なんだということに気が付かずに、努力すれば報われると信じて進んでしまったんです。えぇ、オオバカですよ(w
遊ぶお金も、なにも、全部、自分に投資して。技術を磨くための本を買い。ひたすらに、ひたすらに、技術を磨いてしまったんですねぇ・・・意味無いのにねぇ(w 世の中、技術力なんて意味が無くて、お金をうまく運用して口先だけで生きていく方が大もうけできて楽しい人生を迎えられるのにねぇ!!
気が付いてみれば・・・
ふと、振り返ると、辛いだけの人生だった気がします。もう、アニメとライトノベルがなければ、早急に人生をドロップアウトしかねないくらいの(wでもまぁ、冒頭の話で言うと、人生に沢山かけられている、『辛いこと』『楽しいこと』の札・・・。もともとは、みんなの共有物だと思っていたので、みんなは『楽しいこと』を選びなよ。僕なんかは、『辛いこと』で十分さと。
が・・・なんというんですかねぇ。
どうやら、人生の札は、人類の共有物という事でもなく、人間一人ひとりに同じ数だけかかっているのかもしれない。という感じです。
若い頃に、『辛いこと』の札を沢山取ってきた自分の人生。ふと前を見ると、なんかこう、『楽しいこと』の札が沢山残ってるんですよねぇ・・・
そんで、まだまだ、かかっている『辛いこと』の札も・・・なんかもう、なれてしまっていて、そこまで、辛いことでも無くなってきている。乗り越える地力が身に付いている物が多い。
お楽しみはこれから
僕の上司が言う言葉の中で、好きな言葉が『お楽しみはこれから』なんですよねぇ。たぶん、本人は、今も楽しいけどもっと楽しくなるよの意味で使っているとは思うんですが。僕からすれば、残しておいた『楽しいこと』の札をそろそろめくっていくカナぐらいの意味ですから。気が付いてみれば、セレブマンションではないけれどオサレマンションに住んでるし・・・、一人暮らしには身に余る。会社も忙しくないときには、早めにあがりのんびりと残った1日を過ごせる。そこまで贅沢をしなければ多少なら遊ぶお金もある。
アクセクばっかりして、気が付きませんでしたが・・・。すこし、ゆとりを持って見回せば、身の回りにある『楽しいこと』の札をめくれるようになっていたんですねぇ
さしあたり、趣味で、男料理をするぐらいが関の山ですが、のんびり料理して、音楽聞いて、TV見て。身に余る幸せなのかもしれません。
まだまだ、『辛いこと』の札をめくっていきますけど、そろそろ、『楽しいこと』の札もめくってやらないと、余ってだぶついている(w。むしろ、『辛いこと』の札が探し回んないとめくれない勢い?
まぁ、いつ、不幸のどん底に落とされるかわかりませんが、そんなこと言っていたら生きていけませんし。たまには、のんびり。ゆとりを持って。
『お楽しみはこれから』
最後にライトノベルより
好きなライトノベルの中には、沢山、好きな言葉があるのですが『世界の中心、針山さん』という大好きなシリーズがあります。このシリーズの中の表現で、『ついに、弱さが強さになりはてた』という表現があるんです。
普通、ついに・・・なりはてた。というと、醜い姿になりはてた。など、悪いイメージがあり、弱さが、成り果てるものなんて、醜悪な姿ぐらいしかないだろう、というイメージなんですが、故に、この表現が好きです。
たとえ、『弱さ』だったとしても、突き詰めて、極めて、はてまでたどり着けば、それは一つの『強さ』なんだと。
この言葉は、『世界の中心、針山さん2』にでてきます。短編物なので2巻からでもお読み頂けますし、おもしろいですので、ぜひ。
