地下に押し込められて悲惨な生活をしていた人類。その人類の中で穴掘りシモンと呼ばれているイジメラレ少年が、地上を目指し、人類を解放するというお話なんだか・・・あまりにも悲惨というか、人間の救えなさを示したアニメで泣いた。
1.シモンは世界を救います。
2.次の敵が現れます。
3.次の敵が現れたのは、シモンのせいだ責任を取れ!!と市民が暴動を起こします。
4.投獄されます。
5.敵の攻撃に遭い、人類は再び滅亡の危機へ
6.シモンと仲間達が再び戦います。
7.仲間達は次々死んでいきます。
8.シモンは敵をまた打ち倒します。
9.シモンの彼女が最後に死にます。
10.シモンは最後まで家庭を持てず、孤独に老いていきます。
このアニメの結論。
1.人類のために戦って救っても、人類は不平・不満をさらに言うだけです。感謝はしません。
2.人類のために戦って救っても、恨まれるだけです。
3.人類のために戦った人は、大切な物を失ったり、死んだりします。
4.人類のために戦わなかった人は、守られて平和な生活と新時代を享受します。
あー、これって、まさに現代日本だなぁと思います。
あと、もう1つロシュというキャラクターもいるのですが・・・これもひどい。
ロシュ
1.ロシュは人口50人以上増えられない村の生まれです。
2.人口50人以上になったので、村を出ました
3.主人公のそばにいたのでえらくなります。
4.俺はえらいんだ、みんなのためなんだと、主人公に命令をするようになります。
5.主人公を投獄します。
6.投獄したことを悔やんでるんだーと涙して、同情を誘いますが、投獄します。
7.生き残るためには犠牲は仕方ないと人類の大半を見捨てます。
8.見捨てて逃げて、敵が追ってきて、なぜだ!!とか叫びます。当たり前です。戦争ですから。
9. 結局 主人公に助けられます。
10.生き延びて彼女作って幸せになります。
やっぱり、戦う人間は、損をして、裏で政治をする人間がどんどん特をする。
おれはがんばってるんだ、これが新時代なんだ(全部失策ですが)と言い張って、人をけ落とし、自分だけに権力を集め、他人の助言を聞かず、独走したあげくに、人類を滅亡のピンチに追い落とし。あげくのはてに、投獄した主人公に救われ、ぜんぶ、主人公にまかせたあげく、自分だけ幸せになります。
なんだこりゃ・・・
みんなのためにがんばる奴が不幸になり、 他人をけ落とそう、け落とそうとした人間が幸せになった
まぁ、そりゃ、現代日本はそうですけどね。
結果だけ見ると、主人公達は全員不幸に。とくに、主人公であるシモンが、最初から最後まで家族を持つことが出来ず、孤独な老後・・・
あわれすぎる・・・
英雄っぽく演出されているが、結果だけ見れば、人類のために不幸を一身に背負った人身御供というか、イケニエの羊の物語だなぁと・・・
途中までは、かっこいい、ヒーローの物語かと思っていたんだけど・・・あまりにも救いがない、あまりにも主人公達があわれすぎる、悲惨すぎる。
そして、暴動を起こして、主人公達を投獄したりした、なにもしない人類達が、地下から地上へ、宇宙へと進出して、幸せな生活を送りすぎる。
確かに、この世はそういう風に出来ていて、他人をけ落とし、自分じゃない、俺のせいじゃない、オマエのせいだと責任を押し付け合い、自分は何もしない。そういう人類であふれかえっているけれど
それでも、アニメの中ぐらい、主人公幸せになっても良いのに・・・
仲間を、アニキを、彼女を、全て失って、老いていくだけ・・・悲しすぎる。
シモンはがんばって、人に幸せを振りまいたが
人はシモンになしもしなかった。
でも、別にシモンは人になにも求めていない。最初から最後まで、シモンが人に何かを求めたことはない
だから問題は何もない。
それが、このアニメの全ての結果。
過程?過程は確かに感動的だね。英雄物語だからね。でも、結果だけ見れば、スケープゴートだった。
追記
シモンは自分の生き方に満足しているんだからいいじゃないか。という方がいらっしゃって、そういう見方も有り。だと僕は思います。確かに、シモンは自分のやりたいことをせいいっぱいやって、精一杯生き抜いた。満足でしょう。
ただそれをみた僕がどう感じたか、結果として、世界を救ったわけです。人に石を投げられても、その投げた人ごと世界を救ったわけです。その見返りが自己満足。いや、それで十分という人もいるでしょう。作中にあるとおり、助けたかったから助けたんだ、礼なんていらない。というのも真実でしょう。
しかし、若い頃に親を亡くし、穴掘りとバカにされて育ち、その後、それでも、努力して、いっぱしの男になって、世界を救った結果、まっているのが、結局、家族を持たない生活というのでは、僕は、あまりにも違うと思うのです。結局、最後 シモンは子供の頃からずっと一人じゃないですか。仲間はいたでも 結局ニアとは結婚生活はしなかった。家族はなかった。子供はなかった。それは 人として寂しすぎる。
ニアがとなりにいない。ヨーコでもない。ブタモグラのブータだけが最後に残る。あまりにも潔い。潔いが故に、僕は、それを不幸だと感じます。人はパンのみに生きるにあらず、心の充足のみに生きるにあらず、音楽があり、仲間がいて、異性がいて、家族がいて、あらゆる物に囲まれて、多くなくても言い、少しでもよい。でも、ブータと螺旋力だけがともだちさ。ではアンパンマンじゃねーかと思います。
故に、私の感想は、不幸な物語。自分が不幸であることに気がつかなかった幸せな男の話だと思います。
そして、こういった不幸を防ぐのは社会の役目だと僕は考えます。彼は望む・望まないにかかわらず、社会に貢献をした。であれば、社会からその恩恵を受けるべきだと。人としての幸せを享受すべきだと思います。
個人的には はーくいしばれ、シモン。ニアをよみがえらせないのは良い。それはおまえの決断だ。だが、人を好きになる気持ちを忘れるな、産めよ増やせよ地に見てよだボケーってぶん殴りたい気持ちになります。
あくまでも、感想です。はい。感想ぐらいは自由に言わせてください。感想に対する感想は自由にコメント欄へどうぞ。
追記の追記
ロシウ君についてあったので、ロシウ君について、ヒドイといっているのは、あくまでも青年時代の彼であり、エンディング後の再成長した彼のことではありません。
青年時代の彼は、自分ががんばっている事にとらわれすぎでした。これは作中で彼自身が反省している通りです。あの時点での彼は、戦闘要員に政治を頼むなど、自分ががんばっているのに、なぜこいつらはがんばらないんだ的な、ねたみ、ひがみが抜けきれなかったために 決断を誤ったと考えています。
世界は役割分担なのですから、戦闘要員は、平常時は惰眠をむさぼっていて良いのです。なぜなら、命かけて戦ったからこそ、平和になったのですから。すべての労働を先払いしているのです。いまの非戦闘が当たり前の時代ではなく、戦闘して、命をかけて、戦って、失われた命もある。その結果として、報酬を受け取っているだけなんです。それを、平和になったら政治もしろ、というのは、役割分担をわかっていない。(※ロシウ君は戦闘もしましたけどね。それはロシウ君が両方ってだけのはなしです。それを人に押しつけるのは、押しつけでしかない。)
惰眠をむさぼるというのは、権力を乱用して豪遊するのとは違うのです。妥当な給与を受け取るのは、報酬の後払いであり、当然の帰結ですし、その後、実際にまた、戦闘ととなったときは、命を賭けて戦い、実際に、命と引き替えに、平和をもたらしたのです。
だから、シモンが指摘したように平和ボケしたのは、戦争当時の努力を忘れたロシウの方なんです。平和ボケはロシウなんすよ。
もし、青年時代の彼が、ひろく、シモンや他のメンバーに相談して意見を聞くという事が出来ていたら、たぶん、苦渋の決断すらしなくてよかったでしょう。ロシウの決断は、非戦闘時に惰眠をとっていたひとたちに、頼りたくない、こいつらは働かないんだ=戦闘時にも働かないんだという事を思いこみたかっただけで、だから判断を誤ったダケです。この人達は戦闘時には役に立つんだ、だから、非戦闘時は遊んでいても良いんだと、ちゃんとかれが、
人をネタマない。隣の芝を見ない、政治家であれば、最初から苦渋の決断などはないのです。
全般的に、青年時代の彼は、大人に頼れない子供。自分よりも別なベクトルで優れた人を認められていない子供なんです。だから、大人に活躍して欲しくないから、活躍のチャンスを与えないという愚挙に出てしまったのです。戦闘は本来彼らの分担であるにもかかわらず。
そういう意味で、青年時代の彼は、甘い汁を吸っていないだけのダメ政治家です。甘い汁が無くても、権力をかざしたい、相談せずに独断をふるいたいと 自分で決めたい 自分だけが知っていたいと考えるのは権力欲です。ダメなものはダメです。
ただし、そうした失敗をへて、たぶん、彼は成長したんだと思います。だから、政府をまとめられるだけの男になったのだと思います。
したがって、青年時代の彼はダメ政治家。 成長してからの彼はすばらしい政治家だと思います。
しかし、あくまでも、作中で語られる範囲においては、それが、成長というファクター上仕方がなかったんだ、という事は100%理解しますし。そういう事なんだと思いますが。 そういうことなんだと思っても、やっぱり、見ている最中はヒデェという感想を抱くのもまた仕方がないですよね。あくまでも描いているのは、ソレですから。
だから、僕は、グレンラガンについて、ロシウの部分については、トータルでは良い成長だったと思います。
が、そういう人間の成長に巻き込まれたシモン自身は成長だったかというと、ラストは隠遁であり、世捨て人のように写ります。まぁ、トータル映画版に期待しています。
また、違う作品ですが、フェイトというエロゲーから言葉を借りれば、王は人を救うのではなく、導かなければダメダと書いてあります。 セイバー=アーサー王という高潔な騎士は人を救いましたが、高潔すぎて、人があこがれない。理解できない物として忌避されました。対して、ライダー=アレキサンダー王は、人を引きつける魅力があり、人々にあこがれられ、権力を手にし、それをふるっていきます。セイバーのようになりたいと願うことで、使い捨てられる英雄になるのは良いことだと思いません。 ライダーのようになり、英雄になり世界をよくし その結果自分自身がよくなり、 それをみた人があこがれ後に続き、 結果として、努力した人間がより報われる世界に近づかないとダメだと思うのです。
戦った人間が、栄耀栄華を手にするのは権利ではなく、義務なんです。
変な話ですが、シモンにあこがれてたどり着くのは、人を救うが対価を求めない善人です。それではダメだと思います。人を導けません。正当な行動には正当な報酬。べつに、ガッハガッハ言えとは言いませんが、平凡な幸せすら手放してしまうようでは、なんというか・・・
世の権力者から都合の良い、労働はするけど、上前だけはねられる ニートや労働者に、報酬はないけど、精神的に満足すればいいだろ!?
という清貧のススメ と とれてしまう。(実際に違いますが) になっているので、悲惨だと僕は思います。
※最後に、いや、あくまでも、という風に僕は考えました。というだけで、これがグレンラガンの正しい見方だとかそういうことではないです。断定口調なのはクセなんで、申し訳ない。いろんな感想いただけて、楽しく読ませていただいております。ありがとうです。
コメントを引用して追記3
ただシモンが自分の幸福を願うと全人類滅亡するんだよな。
つまり螺旋力でニアや仲間を生き返らせると第1話冒頭の「見上げる星は全て敵」状態になって戦い続けるはめになり果てはスパイラルネメシスで全滅すると言う。
ソモンの幸福=シモンの欲望ってことで
アンチスパイラルが言ったように人の欲望に限りはない
わけで、全ての願いがかなえられる力を手に入れても使う
わけにはいかなかった。シモンは自分の幸福より人類の存続、平和を望んだわけです。
悲惨というかシモンがちがうんじゃね?と思うのは、まさにこういう形ですねぇ
世界というのは、0か1かのデジタルじゃないので、それこそロシウとシモンどっちの生き方がよかったか?
というのの回答が、ロシウはああいう生き方が好きだから、ああなり、シモンはああいう生き方がすきだからこうなった。みたいな回答と同じだと思うんです。
だから、0か1かじゃないんだよね。
自分の幸福0で世界の幸福1とか 自分の幸福1で世界の幸福0とかそういうのは結局どちらもスパイラルネメシスだとおもうのよ。交わってねじれてないから、スパイラル崩壊になっちゃってるしね。
結局、ねじって交わる。の交わるってところが大事だと思うわけですよ。
結局、シモンは、いっつも自分のことばっか。世界を救ったのだって、自分が救いたいからという欲望なんだよね。自分の。世界の人達が救って(はーと)ってお願いしたワケじゃない。それって、最初から最後まで主義一貫して、シモンは社会と交われてないんだよね。つまり 自分の内側方向にはシモンは成長したけど、外側方向には成長してない。
ロシウは外側方向ばかりに成長して、内側が成長してなかったけど、最後には内側にも成長できた感じはした。でもシモンはずーーーーっと内側ばかりで、外側に成長が見られない。それは悲惨だなぁと
世界は0か1かじゃないんだから、 自分<>世界の幸福のバランスをとらなきゃいけないんだよと。
僕にはどうしても、シモンが最初から最後まで、活動的なヒキコモリ。に見えるんだよねぇ
もっと、ちゃんと、社会と交わろうと、ねじってスピンしようぜ。2重螺旋を描こうぜ!って思うわけですよ。
結局、そういう2重螺旋を描けていないのが、暴動シーンであり、更迭シーンであり、最後の放浪だと思うんですよね。確かに、戦闘仲間達とは拳でねじって交わりましたが、社会とはねじって交わってないんですよえねぇ。最終的に
まぁ、結局、このへんは描かれていない最後の20年ぐらいが映画版でどのように描かれるのか?だと思います。
僕がライダーとセイバーを上げたのも、 一人で戦ったセイバーは悲しみの中で滅び、主人公に救われた。ライダーは、みんなで戦って滅び、少年を救った。 みんなで戦うってののみんな具合なんですよね。まぁ、シモンはみんなと戦ったけど、社会にはなじまなかったという意味での対比ね。
まぁ、何度も言いますが、いろんな感想があっていいとおもいますよ。これはあくまでも僕の日記で、僕の感想ですから。あなたの感想はどうぞ、コメント欄へ
あぁ、でも、結局的には僕はこの作品好きですよ。今回は悪い面を抽出しただけで、そのうち言い面も抽出しようかと思ってますし。
でわでわ。
追記の追記の追記
「私見なので、あなたたちの相手をする必要はありません」
という言い方はどうだ?というコメントをいただき、そういう見方も出来るのだと1つ勉強になりました。
というか、本当に相手をする気がなければ、私からすれば、コメント欄閉じればいいだけでしょうに・・・そうは思わないのでしょうか?なぜコメント欄が空いているのかその意味を考えないのでしょうか?
まぁ、人の考え方は多様だからそういうコメントが付くんだろうなぁ・・・人の考え方って多様だなぁと。いや、うん。勉強になりました。コメントサンクス。
私見だから、対応しないとか、そういう感性そのものが無く、世の中 人が発するのは全て私見だと思っていますので、私見かどうかは対応のするしないとは全く関係ないと思っていますが・・・まぁ、世の中には、私見=対応しないという事を思いつく人がいるんだなぁと。なるほどと。
それはそれとして、コメントは、たまにくる大量のスパムに埋もれないかぎりは読んでますよ。ただ、下記にある通り、基本的にコメントに対する返事はめったにありません。コメント欄に書いてあるとおりです。よろしくお願いいたします。
コメント欄に書いてあるとおりです。返事が欲しいという人はメールで下さい。多少返答率が上がります。
シモン本人の意思は?
見てなかったシリーズだけど興味もてました
なんていうか報われない物語ってちょっと惹かれます(笑
>シモン本人の意思は?
という質問に関しては
>でも、別にシモンは人になにも求めていない。最初から最後
>まで、シモンが人に何かを求めたことはない
>だから問題は何もない。
と書いたつもりです。
シモンは自分自身は満足していると思います。
ただ、自分自身が満足してるからと言って、それでいいのか?
世界を救ったんだから、せめて、幸せな家庭を持って欲しかったという傍観者としての願いです。
結論についてはそういう考えもあるのかと思いました。
揚げ足取りをするつもりはないのですが
>8.見捨てて逃げて、敵が追ってきて、なぜだ!!とか叫びます。当たり前です。戦争ですから。
宇宙にまで逃げたところを、対抗できないほどの敵の大兵力に待ち伏せされてやられかけたので、なぜだ!(自分には救えないのか)って感じの話になるのかと。追われてきて、なぜた!!では何も考えてない人間に思えてしまいます。
>それでも、アニメの中ぐらい、主人公幸せになっても良いのに・・・
そうですね。最終回はそこが不満だったり、あれでよかったとも思えて微妙な気分です。
>グレラガン
グレンラガン
>ロシュ
ロシウ
かと。
ドリル・螺旋循環というテーマが見えてないように思います。
ロシウは常に多数派が救われる最善の策を選び続けた結果、
独善に陥り失敗してしまう。それを悔いて自ら命を絶とうとします。
それを叱り付けるシモン。かつての自分を思ってます。
最後の無限宇宙の幻想に囚われて、
あのままその世界を選べば彼らは幸せだったと思いますよ。
シモンも螺旋力を使えば死者を蘇生させる事すら可能でした。
カミナを失い、ニアに救われた。
そして人の進化の未来を救った。シモンは果報者だと思います。
自分の手で世界を救い、救った世界で多くの人間が幸福になっていくのを見届けているシモンは幸福な人間だと見ることもできますよね。
孤独に老いているという感覚はシモンの中にはないでしょう。
もっと大きなものとつながって生きているわけですから。
(最後に眼に螺旋が出ていたのがその証拠)
この物語が悲惨だとしか思えないのなら、テーマが読み取れていないと思います。
>ロシウ
でしたか。ずっとロシュだと思ってました。
>なぜだ!!
いや、もともと敵の方が大戦力であるというのは、全盛期の螺旋族を退けたという事で、考えればわかることだったと思います。これは軍略家としては、なぜ、逃げ切れるのと思ったのか?がわからない。
シモン達戦力をひろわないで、逃げ切れると思ったのならそれは根拠無き楽観がすぎるかと判断しました。
>常に多数派が救われる最善の策を選び続けた結果
ビラルらの武装勢力の暴動は鎮圧できたのに、
プラカード持ってるだけの、非武装勢力の暴動を鎮圧せずに、シモンを更迭したのは単に権力欲に取り憑かれただけだと。
実際問題、暴動を起こしたのは少数派であり、大多数は病院が正常に機能していたことを見ると文句は言う物の傍観していたようにも見えますので。
一部の暴動を口実に権力欲に取り憑かれたロシウがクーデターを起こしたという表向きの表現が、それでも全てだと思います。
実際、あの程度の暴動であれば、ビラルを鎮圧できたのですから、武力鎮圧できたことでしょう。
ロシウの行動は単にシモンの力を借りたくない余り、自分の力で出来る最大限の行動を取った。(仲間の力をかりて出来る最大限の行動ではなく)という利己的行為だと思います。これはロシウ自信が自分のメールで書いたセリフからも伺えます。
>カミナを失い、ニアに救われた
カミナを失い、ニアに救われ、ニアを失った。
だと思います。
人の進化の未来なんて、シモンは口にはしますが、どうでも良いことだったんだと思いますよ。
穴掘りシモンですから。前に進みたいから進んだそれだけでしょう。
人の進化などという、どうでもいい物のために、カミナとニアを失ったシモン。せめて、再婚して子供でも作ってくれればと思います。
>もっと大きなものとつながって生きているわけですから
大きな物繋がっているから幸せではなく
小さくても、仲間と女と子供がいるから幸せなんだと思います。
大きな物と繋がっていても、ロージェノムが孤独だったように。
>テーマ
シモンは偉大な英雄かもしれませんが、誰か一人ぐらい、小さな物の中にある幸せをもう一度シモンに教えてあげるキャラがいてもよかったと思います。
>ただ、自分自身が満足してるからと言って、それでいいのか?
シモン自身が満足しているのなら、それでいいと思います。
管理人さんは、人から「あなたは不幸だね」と言われたら、本当に不幸になるのですか?
要は、自分がどう思っているのかが一番重要かと。
>シモン自身が満足しているのなら
映画というか、公開される作品なので
感情移入する視聴者(僕)の気持ちも汲んでください。
という事です。
作品と、本当の人間の人生は違うと思います。
僕にとってはシモンの生き方は、理解できる物の共感できず、不幸に感じます。という僕個人の感想であり、この作品が、だれがみてもそうあらねばならない。という評定ではありません。タイトルに書いてあるとおりです。
なんでそんなに日本語が不自由なんだ
せめて登場人物の名前くらい間違わずに書けないのか?
内容以前に日本語が理解できてないのでは
>登場人物の名前
設定資料を見てないからです。
そういう風に聞こえるという事です。
耳が悪いというご指摘はその通り。
今度劇場版やるみたいですから、ちょっとだけ最後変わるかもしれませんよ。
管理人の感想には概ね同意します。「合理的な子豚のパラドックス」(強大な競争相手に対して何も行動しないことが結果として有利に働く>人類)を思い出しました。
主人公は「木を植えた男」みたいな感じなのかもしれませんね。作り手側のイデオロギーというか、燃え尽きた後のジョーの生き様を描きたかったのかもしれません。あとは幸福に生きられても、それまでの過酷な戦いと落差で引き立たないので、敢えて隠棲させたのかも。
ともあれ面白い感想でした。
はげしく管理人さんの意見に同意
なんて救いのないラストだと思った。
二アに死のあと松本零士のマンガのように
ヨーコがシモンの後を追ってくれる場面を期待したけど。
やっぱり救いがない話。
指紋に感情移入したんなら、むしろ哀しみも寂しさもクソも、まして垂れる哀れみなんて無いような気がするけどなー
倒すべきを倒し、超えるべきを超え、拓くべきを拓き、愛した女の運命と選択を全て受け入れて、笑顔で別れ、後に託すべきを託した。
今は、かつて自分たちがぶち抜いた穴をも越えて、新たに天を創るであろう若人たちの飛翔を見守って、悠悠自適な独身貴族。
やがてすべてを終えたとき、そこで彼と彼女が迎えてくれることも彼には解っているのだし。
ちゅうか、彼のその後、晩年までの大部分は語られてないからなんともなぁ。
語られぬ冒険があったのかもしれない、秘めたロマンスの一つもあったかもしれないけれど。
ただ彼は、穴堀シモンは、後ろの誰かの前に立ちふさがる壁でいるつもりはなかったし、事実そうはしなかった。
天井でも、螺旋王でも、月でも星でもアンチスパイラルにも成れる彼は、しかしそのどれをも選ばなかった。
彼は彼のすべてをぶち抜く意思でもって、それを貫き生きたに違いなく。
そこに哀れみを垂れることができるほど、自分はシモンのことを嫌いにはなれないなぁ。
「行け、シモン。「もし」とか「たら」とか「れば」とか、そんな思いに惑わされんな。
自分が選んだ一つの事が、お前の宇宙の真実だ。
…忘れんな。俺の宇宙もそこにある宇宙だ。」
「今度こそ、本当にあばよだ。行けよ、兄弟。」
「あばよじゃねぇ、一緒だろ?」
「…ああ!」
「行くぜ、ダチ公!!」
…こういうことなんだと思います。
私はシモンに同情できるほどおこがましくはなれませんね。
それよりロシウについてですが。確かに作中何度となく腹立つことはありましたが、
・カミナのカリスマやシモンの不屈の意思を持たない凡人が、
・平和ボケして何もしてない大グレン団メンバーに代わり世界政府を一人で切り盛りし、
・親友や多数の人類を見殺しにするという苦渋の決断を何度となく強いられ、
・それを誰にも明かすことを許されず一人で全ての責任を負おうとし、
・戦後グレン団の主要メンバーの大半が抜けた中20年に渡り世界を治め続け、
・40ちょいであそこまで老けた彼を、
他人を踏み台にし甘い汁を啜ったように言うのは酷いにも程があります。
確かに3部のロシウは独善的で行き当たりばったりな行動が目立ちますが、
人類のために誰よりも苦労し、かつての戦友達には疎まれ、憎まれ役を全て一人で請け負った人物です。
テッペリン攻略から27年間、どんどん変化していく動乱の時代を纏め上げた彼はある意味シモンよりも苦労したでしょう。
それが権力に目の眩んだ俗物にしか見えないとは…正直、怒りを通り越して軽蔑を覚えます。
勝ち取ることよりも、維持することのほうがずっと難しいんですよ。
別にロシウはそこまで悪意のあるキャラクターじゃないと思うんですけどなぁ
というか管理人さんはド忘れされてるようだけど三部開始時点でのダイグレンメンバーは惰眠貪って完全に腐敗してたわけで
チンピラで学もなければ理解もない連中のただ中でたった一人カミナシティを支えてきたロシウに対してちょっと余りにも酷すぎる
視聴者は神の視点からシモンに任せれば大丈夫と言えるけど、何が最善手であるかわからない状況で全体を生き残らせる為にはどうすればいいか?をロシウなりに必死に考えた結果があれなわけで
であればこそシモンもロシウの自害を殴って止めただけで彼の施策そのものには文句言ってないのでしょう
結果論で言えば間違いでしたがロシウの判断は全体的に妥当な線ではあったろうと思いますよ
とても独創的な感想で楽しく読ませていただきました。
ただ、管理人さんのなかでロシウが単なる『嫌な奴』としか捉えられていない点が残念です。
第三部の世界はわかりやすい近代的な社会であり、「敵がいるならとっちめて、気合でなんとかしてみせよう」といったグレン団のやりかたが通用しない世界へと変わっていました。
そんな中でシモンを初めとするキタン、キッド、アイラック、ジョーガン…などの旧グレン団のメンバーは変化に対応せず、近代文明に必要である「論理性」や「秩序」の配備はロシウ一人に押し付けられていました。総司令にはシモン、重職にはグレン団メンバーはいたものの、実質的な統治者としての責任はロシウ一人に押し付けられたともいえます。
そんな中ムガンが出現し、ロシウは「秩序」に従って行動します。彼の双肩には市民の命が乗っており、シモンのように突発的な行動を取ってはならないことからも、この行動は至極当然のことでは無いでしょうか。
結果ロシウはシモンを更迭し、アークグレン出発の際には一部の人間を見捨てることとなったのですが、このことに対して賛否両論があるのは当然のことと思います。
「ルールばっかり守って本当に大事なことを見落としていないか?」「多数を助けるために少数を見捨てていいのか?」といった意見もあれば「現実をみずに理想ばかり振りかざしても誰も救えない」などと中学生でも考えられる意見はすぐ出るでしょう。
しかし、ロシウ自身は己の保身のためだけに「秩序」を守りグレン団を配したのではなく、(それまで役に立たなかったグレン団に頼らず)もっとも信頼性の高い方法で市民を守るための決断を下したのであり、その姿勢は評価すべきだと私は考えます。
アニメの中ではシモンやグレン団が「なんとか」してくれましたが、ロシウにとってはあくまで博打的な結果であり、多くの人類の命を背負う彼に「グレン団に任せておけば大丈夫」などという根拠の無い決断を下せと言うのは難しいのではないでしょうか。
こういった背景を汲み取った上で、私はロシウの判断を(結果として失策とも取れますが)間違いとは考えませんし、3部のころのグレン団には憤りすら感じられます。
……それでも初め観た時は「ロシウうぜー。アークグレンかっこいー」といった単純な感想しかなかったんですが……
長文&駄文失礼しました。
アニメ グレンラガンへのあまりにも悲惨な感想に涙しました。
今の私の心境をたとえるなら
【グレンラガン17話「あなたは何もわかっちゃいない」】
でしょうか。
それはともかく、シモンをはじめとする登場人物は自分の
能力(器というべきでしょうか)の中での最善を尽くして
あのような展開になったわけで、少なくともラストの時点で
シモンには何も後悔するところはなかったと思いますよ。
視聴者の感情を考慮してハッピーエンドにしろ、
という管理人さんの意見は
私には単なる甘えだと思えますがどうでしょう?
返信ありがとうございます。
割と適当にコメントしてるだけですので、あまり気にしないで下さい。
何も求めず、与え続けたからこそシモンはヒーローなんだよ。イエスだってブッダだってそうだ。
お前もそんなでっかい男になれ!
いや、僕はちっちゃい人間なんで遠慮します。
結局
マクロ的なセカイ(=全世界)を守るために自己や周りの仲間を犠牲にしても悪と戦う主人公= 古典的なヒーロー
ミクロ的なセカイ(=自分の周りの日常)を守るためだけに善悪はさておき戦う主人公=エヴァ以降の主人公の多く
でシモンは前者だったわけで、主人公の取った選択にどうこういう権利は僕にはありませんが、僕は個人的にシモンみたいな主人公に感情移入できませんね。
後者が好きな現代っ子なんでw
大げさな『世界の行方』や『善悪』より『周りの仲間』や『恋人』の方が大事!(この辺は個人的な好みですね)
むしろ僕は管理人さんの叩かれっぷりに涙したw
視聴者の視点はシモンを中心にした俯瞰的なものですから
すべての背景を知っています。
身勝手な大衆も、ロシウの失策も、シモンが起こした奇跡のような勝利も。
それらの背景を大衆は知りませんし、ロシウは奇跡をアテにしていません。
であるからこそ「シモンが哀れに見える」のですが、
シモンは「勝つべくして勝った」のではなく「奇跡を起こして勝った」のです。
奇跡は最後の最後にどうしようもないからこそ頼られる、絶望の果てにあるものです。
愛は無償です。
いや表面的な意味ではなくて、愛ならば無償なはずなのです。
それは周囲の仲間への愛であれば尚更です。
はじめてコメします、まとまってなくてすいません、グランラガンの主人公をを不幸と定義するのは当然だと思います、しかし彼は報われない人生を送ってる割に絶望感や悲壮感が漂ってきません、これは清貧であるのと近いのだと思います彼が望めば手に入ったものがたくさんあるからです、一時2chに取り上げられたフランダースの犬の滅びの美学に通じるものがあるかとおもいます、彼らが不幸ですが不幸と思っておらず誰も恨まずに喜びの中で死ぬ
虚無主義とは違う充実した何かで満たされた終わり
仏教のこの世のしがらみ、家族を捨てて恋人を捨てて悟りを開くような・・・そこまで言うと大げさかな、そうゆう思想が流れてるとてもドラマチックで教義にあふれたアニメだと思います
シモンが満足してるんだからそれでいいっていうのは傍からみたら不幸って言うのは事実であることを否定してないんですよね。
花畑さんのおっしゃってるとおり世界を救った男にしてはあまりに悲惨といえるような境遇であるからこそ、それでも自分は幸せだといえる(だろう)からこそシモンはかっこいいんだと思いますが。
むやみに否定している人はシモンは幸せだ。だからあれはハッピーエンドだと自分に言い聞かせて事実から逃避しているような意見にしか思えません
そう、シモンを投獄した普通の人々のように。彼らに英雄は理解できないのでしょう。
ちなみに私はこういう感じで”満足してないシモン”のようなキャラをいくつか知っています。
有名どころではオルステッドとかですね。まぁオルステッドはちょっとシモンとはずれていますが。彼らを知ってれば本人は幸せだが境遇は幸せとは言えないという事がどういうことか理解できると思うのですが。
正しいと思うよ。殉教者だとか英雄っていうのは
そういうものだ。ギリシア神話でもそうだが、英雄は人に
虐げられる。国を作ったり、怪物を倒したり、人々の役に
立とうとした英雄たちは最後に人に滅ぼされる。
そうしなければ結局は人間の世界に帰れなくなるんだと
俺は思う。なぜなら英雄たちは神からその力を与えられて
いるから。神から力を与えられたもう一つの存在が怪物で
あり、そういう力が人間たちの世界に闊歩している以上は
人間は最終的に滅びてしまう。
だから英雄は消される。お話が終わる時には、どんな英雄も
ほとんど死ぬ。ペルセウスくらいなものだ。
彼が幸せに死んだのだって、アテナイの王、つまりギリシア
の王だったからで、そうじゃなければ悲劇だったろう。
英雄が生き残る時はお話が続く。ガンダムのような作られた
英雄ならそれを捨てて生きることが出来るが、こういう話
ではそうはならない。
メタルギアでもそうだ。ビッグボスはジーンの核攻撃を阻止
するが、その時に将来世界の破滅を招く存在になると予言
されている。ソリッド・スネークが予告編で命を絶とうと
しているシーンがある。あれだって「遺伝子」がある限り、
力がそこにある限りは終わらないということを良く示して
いる。
これって
「アフリカに派遣されて医者として毎日働いたあげくに、沢山の命を救ったけど過労で死んだ人」
よりも
「家に引きこもって毎日オナニー三昧のあげくに、体力つきて死んだ人」
の方が「しあわせだ!」ってことですよね。わかります。
この件に関しましては
少年漫画の絶対原則 「ヒロインは永遠に処女」 から
発生しているものと思われます。
この原則が適用されない場合、
ニアは生き残って(自ら螺旋力を発現して!)結婚するでしょうし、
ヨーコも夫婦先生になることが出来たでしょう。
しかしこの作品は少年漫画の法則の上に成り立っているものですから
その辺は納得して下さいネ。
>世界を救った男にしてはあまりに悲惨といえるような境遇
別に致命的な呪いとか病気とか借金とかがあるわけでなし
家族はいなくとも心の通じ合った友人は健在だし
何よりシモン自身が好きで放浪(カミナシティで平穏に暮らすくらい望めばいくらでもできたろう)してんのを「悲惨」て
誰かに強制されて孤独に年老いてんならともかく本人の自由意志さえ否定して何が言いたいんだろう
なんでも現代日本でまとめればいいと思ってる古館節ですな
なんでも病めるアメリカで落とした水野晴男先生くらいの
ウィットが欲しいところ
みんな、こういうラストが好きなのだろうか?
がんばって、最後まで諦めず仲間を犠牲にしてまで戦って
ようやく勝利して、しかし最愛の人を失って、仲間のもとを
去って一人で生きるという。
そんな生き方に憧れるのだろうか?
私はそんな寂しい生き方は嫌です。
だからどんなつらい結末でも、一緒にいてくれるヒロインが
生き残る富野監督の作品の方が好みです。
(エルガイム、zガンダム、ターンAガンダム等々)
うーん、幸福とは何かについてちょっと考えてしまった。第三者から見てシモンが不幸だと思える管理人さんのような人は、幸福の定義を「質素でも愛している人々が身近にいて平穏な生活ができる事」と見なしているわけで、それは非常によく分かる。
管理人の感想を読んで自分はニーチェを連想した。確かにシモンは全てを受け入れた上で自分の人生に後悔していないように見えるけど、そこには(シモン自身気付いていない)痩せ我慢があるんじゃないか。だってシモンだってニアと結婚して二人の子供(達)と暮らす事ができたらそれが最高の幸せだという事は認めるだろうから。でもそうならなかった。それでも自分の人生は幸せだった、いや、“それこそが”幸せなのだ、という価値転倒をシモンが起こしたのではないか、と見ることは常に出来る。
でも若いシモンにはこの状態は耐えられない悲劇だったかも知れないけど、長い年月が経った後では光り輝く思い出だけが残ったんじゃないかなあ。
シモンは不幸である、と言うのはシモンの全人生の否定にしか繋がらないような気がする。そしてシモンは自分の人生を否定したくなかったんだろう。それはカミナや仲間とやってきた事、ニアの存在を否定する事だから。まあ、これも痩せ我慢かなあ。
長々と書いてきたけど結局シモンが幸福だったのか不幸だったのかはよく分からない。決め付ける事も出来ない。(個人的には幸福だったと感じるけど)このアニメがテッペリン攻略のその後まで描いたのは、そこまで考えさせる意図があってのことなんだろうね。
グレンラガンは、戦争ロボット物では、完全にめでたしで終わる作品をのぞけば、かなり幸せな終わりかたですよ。
シモンは、一時非難されながらも誤解も解け英雄として世界を救い、その名を歴史に残し(世間一般に偉業を知られないヒーローがほとんどなのに!)、妻や子供はできなかったけど友人や後輩に後事を託して隠居生活。ラストでも子供にドリルの使い方を教えて後継者育てをしていますし。
だいたいロシュが「得した」って、シモンは損したという以上に浅はかすぎるのでは?
それにグレンランより悲惨な終わり方をする作品は、ロボット物・ヒーロー物に限っても昔から山ほどありますよ。
いってはなんですけど「あの程度で」悲惨だ、救いがないと言われても……
悲惨度C
・超人機メタルダー
敵組織を壊滅させるが、その際受けたダメージでアンドロイド・メタルダーのエネルギー源は暴走。そのままでは地球規模の大爆発をしてしまう。人間の友人に頼み、涙ながらにその動力システムを破壊してもら。しかしメタルダーは人間に変身する機能を無くしてしまい、人間社会から去ってしまった。
・人造人間キカイダー(原作版)
人造人間ジローは不完全な良心回路と、悪の心の回路を同時に内蔵されたことで、結果的に「心が強くなった」。
しかしその強くなった心で、敵を嘘で欺けるようになり、威力がありすぎて使用をためらっていた兵器も使い、兄弟ロボットたちを容赦なく殺してしまった。
ジローは、心の中の善悪の葛藤を抱えたまま、一人放浪してさっていった。
(というか、石ノ森先生の漫画版ヒーローはほとんどがこんなの)
訂正、キカイダーは悲惨度Bの方に
悲惨度B
・アメコミヒーローのほとんど
・グレートマジンガー
元祖スーパーロボットの一つ。しかし話はとんでもなくヘビー。
最終決戦で、前番組「マジンガーZ」の主人公で司令官兜剣造の息子でもある兜甲児が戦線復帰。
しかし司令官の養子である主人公鉄也は、甲児に嫉妬してチームワークを乱して全体のピンチを招く。鉄也をかばうために剣造は、和解をうながしながら戦死。しかし鉄也も重要。
結局敵を倒したのはほとんど兜甲児。戦い終わった後、鉄也は自分の嫉妬が養父の死をもたらしたことを悔やみ、パートナーと罪滅ぼしのためにやり直すことを誓う。
・仮面ライダーBlack
敵組織を壊滅させて世界を救うが、洗脳されて敵大幹部になっていた親友を自分で殺してしまう。しかも洗脳は最後までとけずに死に際に「おまえは親友を殺したことを一生悔やみつづけるのだ」と言い放つ。その後一人去っていく主人公光太郎。
幸い、明るいムードに路線変更した続編「RX」で明るいヒーローとして立ち直ってますが、そこでも居候先の航空会社社長が言うには「彼と初めて出会ったであった時は生きる気力をなくしていていた。家での生活や仕事をせかして少し筒立ち直らせた」とまあ、壮絶な状態で。
・エルガイム
主人公ダバは、敵帝国を滅ぼし新政権の樹立に成功するが、洗脳されてて敵幹部にされていた妹は精神崩壊。ダバは新政権を友人に任せて、妹の介護に残りの一生を捧げるつもりで、寂しく故郷に帰る。
・Zガンダム
主人公カミーユは戦争のプレッシャーに耐えきれなくなっていたところに、最後の戦い出てきリー^だー誌六個の死に際の精神攻撃を受けて、発狂。その他にも仲間は死にまくり。
悲惨度A
・ザンボット3
一族総出で侵略者と戦うが、一時自分たちのせいで侵略者が来ると誤解される。一族にも、一般市民の友人にも犠牲者多数。最終的に主人公と非戦闘員以外の一族戦死
しかし最後、地球に帰還した主人公は友人などの一般市民に温かく迎えられる。
・宇宙の騎士テッカマンブレード
主人公Dボーイの敵は、全て洗脳された肉親や友人。それを自ら次々殺していく。
さらに物語後半、不完全な返信機能で無理し続けた副作用で、次第に記憶が破壊される。
最終回ついに全ての記憶と人格が崩壊するが、心の奥底に残った怒りで敵を壊滅させる。最後、廃人になった状態で恋人に介護されながらようやく安らぎを得る。
悲惨度S
伝説巨神イデオン
地球人とバッフ・クランの不幸なファーストコンタクトから、何とか和解しようとしても、どんどんこじれていく。
最終的にはイデが発動して両人類消滅。その魂は原生生物からやり直し。
悲惨度SS
宇宙戦士バルディオス
環境破壊され尽くしたS1星人が時空を超えて地球に侵略しに来た。
主人公マリンはS1星人だが、地球を守るために戦う。
しかし終盤敵の作戦が成功して地球は大洪水で人口のほとんどが死滅。それでも生き残りをかけての決戦で敵を倒すが、敵の悪あがきの暴発で、地球全土に核攻撃。放射能汚染された死の星になってしまLった。敵側に回っていたマリンの恋人も死亡。
実はS1星は遠い未来の地球。つまり永遠にタイムループが続いているというのが真相だった。
あの世の救いがあるイデオン以上に悲惨な結末。
>みんな、こういうラストが好きなのだろうか?
別に好きも嫌いもない
主人公が復讐に生きるもかなわず仇を目前に力尽きるラストだろうが
主人公が旅の中で培ってきた友情の力で魔王を撃退してヒロインといつまでも幸せに暮らしたラストだろうが
主人公が英雄であるのに報われずライバルといっしょに罵り合いながら隕石と大気圏の狭間で行方不明になっちゃうラストだろうが
それがその物語の着地点として納得のいくものならどんな終わり方でも許容するよ
自分の好きな終わり方じゃないからって作品を否定する事はあんまりないかな(そもそも「好きな終わり方」なんて考えが僕にはないけど
まぁそれ以前に
シモンジジィは言ってみりゃ面倒臭いこと全部ロシウに放り投げて道楽で世の中見て回ってんだから人によっては超羨ましい生き方だと思うんですけど
僕も社会に頼らず一人で生きていける力があれば何もかもうっちゃって世界放浪したいよ
しかし「政府のトップになって家庭をもったロシュ=勝ち」「独り身の放浪者のシモン=負け」という、浅はかな見方を見ていると、『銀河英雄伝説』作中でヤンに無理解な人たちを連想します。
自由惑星同盟側の主人公ヤン・ウェンリー提督は、本来は歴史学者志望だったが、学費がなかったために士官学校に入り、そこで軍事的才能を発揮して有力提督にまで昇進した。
しかしヤン自身は、軍人はさっさとやめて(他に人材がいないためやめられないのですが)、気楽な一般人として歴史の研究や執筆活動をしたいと思っている。
出世していくことも心底疎ましく思っていて(なにせ出世するほど責任と苦労も激増)、周囲に「私は軍を辞めた後の年金生活を保障してもらえるよう、同盟政府のために戦っている」と冗談半分の愚痴をこぼしている。
しかしヤンと親しくない者たちは、軍での出世=幸せと思い込んで、ヤンの意に反して出世を祝ったり嫉妬したりして、ヤン本人をうんざりさせる。
>追記の追記
別に戦闘員だからって平時遊んでてもOKなんてこたーないでしょ
がまぁ100歩譲ってそれはOKにしても問題はあいつらが「政府の要職にいながら」働いてない事なわけで
レイテさんやテッカンやヨーコみたいに隠遁してるなら何も問題ないけど(彼らの存在はつまりキタンらがあそこにいるのは多かれ少なかれ自分の意思である事を示しています)過去の功績はどうあれ今現在政府の機能を阻害しまくってんのは事実なわけで
ロシウくんとしても彼ら英雄に出て行けと言えるほどの力も立場もないし
その後未熟故に暴走するわけではありますが
ならそこまでロシウくんを知らず知らずの内とはいえ追い込んでいたグレン団メンバーに全く責はないのかというとそれもいささか違うかなぁと
あと「英雄は社会的に報われるべき」ってのは管理人さんが個人の信条として抱いておられる分には構いませんし、その信条に基づいて作劇なされてるとかいうなら立派な事だと思いますけど
それをもって何かを非難するというのはどーも
というかFateホントにやりました?Zeroでライダーは確かにかっちょいいし一旦セイバーは滅茶苦茶にこき下ろされましたけど、それで話は終わりではなかったはずです
あれは結局例え何も報われる事がなかったとしてもそれでも理想を胸に抱き前に進む姿勢は人間として美しいよねって話でしょう?
報われなければダメというのは裏返せば報われない行為はしてはいけない、もっと言えば確実に報われるという目算がない限り動いてはいけないという事になってしまいます
その考え方の是非はどうあれそれに否と言ったのがFateでしょ?だからセイバーは望めば得られる愛も平穏も捨てて理想に殉じるわけで
そしてその高潔さに人は感動するんじゃないでしょうか
管理人さん的にはセイバーの生き様は全く無意味で評価にも値しないという事なんでしょうか
個人的には世の中の全ての物語の主人公がガンダムSEED(もっといえばデスティニー終了時)のキラ・ヤマトみたいになったらげんなりします
ただシモンが自分の幸福を願うと全人類滅亡するんだよな。
つまり螺旋力でニアや仲間を生き返らせると第1話冒頭の「見上げる星は全て敵」状態になって戦い続けるはめになり果てはスパイラルネメシスで全滅すると言う。
ソモンの幸福=シモンの欲望ってことで
アンチスパイラルが言ったように人の欲望に限りはない
わけで、全ての願いがかなえられる力を手に入れても使う
わけにはいかなかった。
シモンは自分の幸福より人類の存続、平和を望んだわけです。
>あれは結局例え何も報われる事がなかったとしてもそれでも理想を胸に抱き前に進む姿勢は人間として美しいよねって話でしょう?
他の例だと
仮面ライダー1号~10号の活躍を描いた現在進行中のマンガ『仮面ライダーSpirits』をみたら、社会的には何ら報われないし、定住せず悪の組織との戦いを続けなければならない仮面ライダーたちが、管理人さんにはさぞ悲惨な負け犬に見えることでしょう。
第一話の、仮面ライダーの伝説を滝和也(1号、2号の元相棒)聞いたアメリカ一般捜査官の台詞
「無償で戦う仮面の戦士、そんな酔狂な男がいるものか」
一話後半、ライダー不在で、自ら怪人から子供たちを助けにいった滝の台詞
「昔・・・・仮面ライダーって男がいた・・・・!!あいつもお前みたいにクソどもに体をバケモン同然にされちまった・・・・
けどなあ・・・・あいつはそのゴリゴリした体で悪党と戦い続けたんだよ!!無償でだ!!自分のためじゃねえ!!
他人のためにだ!!今だってそうだ!!今だってあいつはどこかで戦ってるハズだ!!どうよスパイク。いい話と思わないか!?
お前も同じだ。お前もガキどもの夢になるんだろう」
平成時代に入ってからも、世間には噂程度にしか知られず、多くの者を失ってなお、世界や友のために戦い抜いて報酬も無しという仮面ライダーも幾人もいますし。
仮面ライダークウガ:非人間化が進行しながらも戦い抜ぬき、最終決戦後傷ついた心身を癒すかのように放浪の旅に出る
仮面ライダー龍騎:最終回一話前に戦闘員的怪人から一般人を庇って死亡という衝撃の最後
仮面ライダーファイズ:自分を含むオルフェノクの短い寿命を解消してくれるオルフェノク王を拒絶して、これを倒す。当然巧(ファイズ)は若死にするはず
仮面ライダーブレイド:親友の仮面ライダーカリス(相川始)をアンデッドの宿命から解放するために、かわって自分がアンデッドになり、親しい者から遠く離れた放浪の宿命を永遠に背負うことになる。
>e・turan氏
圧倒的な知識量を持っているので啓蒙、というおつもりなのだと思いますが、管理人氏をそこまで罵るような書き方をしなくても、と思ってしまいました。
まあ肩肘張らずに、昔にはこんな顛末の作品もあったと言う程度の認識で宜しいと思いますよ。発信する側も受け取る側も。
>ラストの悲惨度
ランクBに宇宙大帝ゴッドシグマ、ランクAに「鉄人タイガーセブン」を加えたい所ですね。
・宇宙大帝ゴッドシグマ
舞台は西暦2050年。
西暦2300年の地球から侵略を受けたエルダー星人が、地球人の侵略活動の原動力となったトリニティエネルギー(ゴッドシグマのエネルギーでもある)を奪取するために襲来。
主人公達はゴッドシグマを駆ってエルダー軍の拠点にされた木星の衛星イオの出身で、故郷の奪回と抵抗を続ける家族の救出を目指す。
途中、敵の司令官テラルと和解を果たすも新司令官に陥れられ彼(彼女)は失脚し最終回にて戦死。
ゴッドシグマの生みの親は狂気に駆られてエルダーに寝返り正気に戻らぬまま死亡。故郷の奪回には成功するも家族は誰一人救えぬまま。
ラストに主人公は単身で、亡きテラルと約束した未来での戦争を止めるため西暦2300年に向けて旅立って終了。
・鉄人タイガーセブン
太古より現生人類に憎悪を燃やすムー原人に殺害された主人公が、父の開発したミイラ蘇生用の人工心臓と太古の守り神のペンダントの力で復活しタイガーセブンに。
しかし所属する研究チームとは打ち解けていたと言い切れず、その研究チームさえ世間からは異常者扱いされたままムー原人と戦い続ける。
ラストは人工心臓の可動限界が残り数日と知らされた主人公が戦いを放棄し平穏な日常へ逃避するがその業から抜け出せず、
結局最後の戦いに赴いてムー原人を滅ぼし、仲間に己の正体を明かしながらも背を向けたまま孤独に死への旅に赴く。
>※最後に、いや、あくまでも、という風に僕は考えました。>というだけで、これがグレンラガンの正しい見方だとかそう>いうことではないです。断定口調なのはクセなんで、申し訳>ない。いろんな感想いただけて、楽しく読ませていただいて>おります。ありがとうです。
突っ込まれると、毎回似たような論理で逃げますよね(笑)
これが正しいみたいな論調→ツッコミ→言い訳→更にツッコミ→「これは個人的な意見でー」
(笑)
癖なら直せよwww前に秋葉のホコテンの話でも同じ事態になったろwwwっとに学習能力がねぇなあwww
まあ、そういうのを回避したいから、TOPからコメント数が見えない仕様にしたんでしょうから、改善する気はないですよね><
あ。こういってますが、自分はこのブログ好きですよ?
時々、こういうお祭りがあるんですものwww何度もお祭り騒ぎができるブログなんてあんまねーですもんね?
>これが正しいみたいな論調→ツッコミ→言い訳→更にツッコミ→「これは個人的な意見でー」
トップのタイトル下嫁。
これは個人的な意見でー>>ツッコミ>>これは個人的な意見でー>>ツッコミ>>これは個人的な意見でー
逃げてるわけじゃなく、最初から最後まで主義一貫して、独断と偏見だというとろうがwwww
で、オマイラも独断と偏見だろ。
おけー、いっしょに祭ろうぜ。って事ですよ。
改善する気があるわけなかろう?
まぁ、なにがみんなの琴線に刺さって祭りになるかわからんが、
このグレンラガンはいい祭りだったと思う。
こんごも良い祭りを開催できるように、釣りの腕をあげるよ。
また遊びに来てください。
>正当な行動には正当な報酬。
>戦った人間が、栄耀栄華を手にするのは権利ではなく、義務なんです。
これは普通の「仕事」になら当てはまるけど、世界丸ごと救うような場合にはそれは「仕事」とは呼べなくて、「使命」或いは「(ナレーションで毎回使われていた)運命」と呼ぶべきもので、それに対して一体何が「正当な報酬」となるのか疑問だ。一体誰がそれを量るのか。どうしてその判断が「正当」だと言えるのか。
「一定時間コンビニでバイトをする。⇒時間分の給料を貰う。」
のような例と単純比較出来ない事は確かだ。
そもそも「報酬」「栄耀栄華」というのはお金や地位や名誉については言えるけど、愛する女性と一緒に平穏無事に暮らすことを「報酬」「栄耀栄華」と呼ぶ人はいないような気がする。
「愛する人達と平穏無事に暮らす」という事は幸福ではあるが、別に何かの「報酬」ではないし、ましてや「栄耀栄華」でもないと思うのだけど。単に言葉のチョイスを間違えただけだと思うけど、強い違和感を感じた。
>管理人氏をそこまで罵るような書き方をしなくても、と思ってしまいました。
管理人氏、その他に失礼しました
しかしその後の管理人氏の書き込みをみてると
公開されている場で意見表明されているのに、異議がたくさん出ると、「私見なので、あなたたちの相手をする必要はありません」って、典型的な自分でトラブルを招く無責任
結局、「シモンは悲惨、ロシウは他人を蹴落として甘い汁をすすった」という、解釈の相違以前に、根本的な物語読解力がない事を、公開されてる場で吹聴して回った事が荒れた原因だという事を、管理人氏は全く自覚していない/もしくは自覚していても認めない
しかも他のコメントを見てると、同じ事を繰り返しているようで
真面目にコメントしている方に対しても「祭り」「釣り」ですか。
残念です。
追記の追記を読むかぎりでは、管理人さんにっとてはどうあがいてもロシウが本当に駄目なやつで、グレン団はやるときはやる正義のヒーローなんですね……。
感想の中にもありましたが、私達視聴者は作中を神の視点から眺めることができ、グレン団の使っていたガンメンが対ムガン用兵器だったことや、キタンたちが実際にムガンを圧倒していることはわかります。
しかし、それを新政府で知っている者は誰一人としていません。いくらキタンたちが戦闘要員だからと言ってムガンに通用するかは「やってみなくちゃわからない」状態でした。
(これは小説版の話ですが、ギミーとキタンの模擬戦はギミーが圧勝しています。実戦ではなかった、螺旋力が反映されないといった要素がありますし、その後ギミーが実際に戦うキタンを見てその実力に驚嘆しているシーンもありました。しかし少なくとも実際にムガンたちと戦うまではキタン(グレン団)>ギミー(グラパール隊)の実力差はわからなかったでしょう)
管理人さんの意見としては「ロシウが(働かなくてもいいのに)働かないグレン団を妬み、実戦の場を与えなかったことに問題がある。」という感じですが、グレン団のメンバーは実戦の場に立とうともしなかったし、ロシウの立場としては立たせるわけにもいけません。
どういう事かといいますと、まずグレン団のメンバーはそれぞれ新政府の重職についているものの、誰もグラパール隊に入っていません。ロシウが彼らを入隊出来ない様邪魔をしたと邪推することも可能ですが、何らかの形で軍部にかかわることが出来たのではないでしょうか。「有事になったらどうにかして戦える!」と思っていたのならせめてガンメンの確保くらいしっかりやっておくべきでしょう(実際はシモンとレイテのおかげでスクラップにならずにすみましたが。)
また、ロシウの立場として彼らをムガンたちと戦わせるわけにはいかないことは明白です。ロージェノムへの反乱の時はともかく、第三部ではしっかりとした法が整備され、秩序に守られた社会が出来ていました。その社会に住む全ての人間の命を一人で背負っていたロシウが「やってみなくちゃわかんない」状態の不確定要素をもったグレン団のメンバーとムガンたちを戦わせるわけにはいきません。前の意見でもありましたが多くの人命を背負う彼に博打的な要素を持った決断は出来ないのは当然のことでしょう。
わかりやすく例えを言うなら
革命の時にそこら辺のならず者に銃を持って戦ってもらった
↓
革命成功。ならず者ありがとう。
↓
新しい社会ができる。ならず者は働かない。
司法や軍隊もできるがならず者はそこにはかかわらない。
グレン団メンバーをならず者とするのはいささか無理やりですが…
こんな中でならず者に武器を持たせ続け、いきなりの来襲者と戦わせる選択ができる統治者はいないでしょう…?
まあ管理人さんの「彼らは平和のために戦ったんだからその後のこと(統治とか政治とか)は他の人の役割だ!」と言う意見は面白いですが…
それでも頑なにロシウを否定し続ける姿は、少し彼が哀れでなりません…。
>それでも頑なにロシウを否定し続ける姿は、少し彼が哀れでなりません…。
ロシウを否定してるのではなく、ロシウの取った行動を否定しているだけです。
ロシウはがんばりましたか?という質問の答えは、ロシウはがんばった。えらかったです。
ロシウの取った行動は正しかったか?という質問の答えは、もっと周りと相談して、力を抜いて、あの時点よりも協力して前に進む政策があったはずなので、正しくなかった。間違っていた。(これは、彼が後日の日記で部下にみなと相談して一人で決めるなと訓戒を送っていることから、彼が自分の独断を深く反省していると読み取りました。) 何が悪かったかと言えば、一人で背負った事でしょう。一人で背負ったことで自分を追い詰めて道を見誤ったように見えています。
さて、それとはベクトルが別で。
ロシウはがんばった。でも、作中では失策した。でも、作中では恋人と報われた。
シモンはもっともっとがんばった、作中でも失策らしい失策はない。でも、作中では恋人が最後に死んでしまった。
含みもいろいろあります。暗喩もいっぱいあります。シモンが最後は幸せだったであろうと暗喩する部分もいっぱいあります。しかし、作中で描かれた事のみが作品の全てですから、(それ以外は想像でしかない)。
であるならば、この作品は良い作品ではありますが、悲惨なストーリ部分を強烈に描き出し、それ以外の所は読者に任せて描かなかった。という感想を持つのは別段、突飛ではないと思っています。
>真面目にコメントしている方に対しても「祭り」「釣り」です>か。
>残念です。
都合の悪い質問はスルーですか?
ロシウの行動を「他人を蹴落とすため」って考えている時点で、ロシウの行動を理解しているとは思えないし、誤解したままで否定されてもな…
てか「地球に月がぶつかる」って事実をグレン団のメンバーに教えてどうにかなる可能性よりも、その事実を知ってさらに場をかき乱すだけになるか何の役にも立たない可能性のほうが高いよな。実際キタンはその事実を知って出来たことは、ロシウのやり方を認めて知人に避難をすすめるくらいだったし。
結局一人で抱え込んだことが失敗と言っても論理的に相談できる相手がいない状況で、誰に相談すればいいんでしょうね?
シモンを筆頭とするグレン団メンバーは「グレンラガンと気合で何とかするんだよ!」との答えが返ってくるでしょうし、前々からコメント欄にあるようにそんな確証の無い選択をロシウが許せるわけもないはずで。
「グレン団メンバーは平和を勝ち取るために働いたのだからその平和を享受する権利がある」といったグレン団がロシウをフォローしなかったことを肯定する考えを持つなら、ロシウが一人で抱えこみ決断しなければならなかった背景を考えることもしてみてはいかがでしょうか?
うーん。
ロシウには良いところも悪いところもあるよ。
たとえば、ヨーコに対してだけは、地上は壊滅します。と伝えて、貴方は生き残る『べき』人だ。とか、決めて避難させたりして、ヨーコにそれがあんたらの政治?ってバカにされたりするよね。
シモンの裁判とかいうけど、どうみても、ヒドイ裁判したよね。ちゃんと弁護士を付けない裁判を行うのはヒドイよね。
ロシウには良いところもあるよ。がんばったよ。でも悪いところもある。
なんどもなんども、がんばったでも悪いところもある。
って、言ってるのに。
なぜ、コメントをしてくれる人達は、
僕=相手には、自分の意見を認めろ。こういう考え方も白と見方の変更を迫るのに。
自分自身は相手の見方をしてみよう。貴方が言ってるのはこういう事だよね。わかります。でも、こういう見方をするとここはこう見えて面白いですよ。
と、ならないの?
ロシウが一人で抱えこみ決断しなければならなかった背景なんて、一番わかりやすい見方でしょ?
でも、グレンラガンはそんなに善悪が単純に決まる軽い物語じゃないよ?
多数のいろいろな見方ができる複雑な話だよ?
もっと、いろいろな見方をしようよ。
↑のコメントにはここでは特に紹介していないけど、他の見方もたくさんしてくれている人がいるよ。
グレンラガンはいろいろな見方ができるんだよ?
最後のシーン1つとっても、放浪と取るか、それとも、実はハーレムととるか、見方があるんですよ?
ということだと僕は思っています。
いろいろな見方があって
そのなかで、僕はこういったシーンをこう切り取ったよ。
いやいや、こうじゃない?
あ、そうじゃなくて、こういう見方
と僕の見方を説明しているだけで、いや、みなさんが、そういう見方をするのは、いや、わかりますよ?
でも、見方は1つじゃないでしょ?
うーん、言葉が過ぎましたね。
でも、相手に何かを求めるなら、まず、自分が同じ事を先にするという事だと思うんです。
だから、僕は、わかりますよ、これは僕の私見ですよ=あなたにはあなたの見方がありますよね。というのをやんわり、示して、みたのですが。
なにが悪かったのでしょうか?
ロシウの件については、すこし落ち着いて考えて、いまTOPにあるようなグレンラガン別記事として、時間があればまとめるつもりです。
ロシウについては、コメントいただいたいしたなかで、再考することも多かったですし。
その見方があまりにもお粗末だからこそこんなに「それは無いんじゃないの?」とコメントがきているわけで。
色んな見方ができるといっても、その読み解き方が強引だと周りの人間は疑問を覚えますし、その意見にも反論は来るだろ。
てかコメントの殆どは「あなたの考えはおかしいから訂正しろ!」なんて言ってなくて「これはこうなんじゃないか?」ってこのブログと同じように適当にわめき散らしてるだけなんだから、最後のコメントのように「もっと、いろいろな見方をしようよ。」の精神でいいんじゃない?
お粗末って言うか・・・。
うーん。上から目線をコメントに感じるんですよね。
まぁ、僕もそうだったかもと、反省しますが。
オマエバカじゃね、これが『高尚な見方なんだよ』的な物を感じるんですよね。粗末なという表現には。
わかりやすい見方、わかりにくい見方、うがった見方、突拍子もない見方。いろいろあって良いと思うんですよ。
でも、いや、ロシウは悪くない! と言うコメントには、ロシウにも悪いところがあったよね。という見方への許容があまり感じられなかったんですよね。
だから、そういう見方が全く出来ていなかったのかと思って、説明したのですが。そうですか、粗末な見方と切り捨てられていましたか。
うーん。いや、その粗末な見方は掘り下げると、それはそれで、ロシウがんばった派の深さと同じぐらい。深みがあると思うんですが・・・。
僕は別段 僕の見方=最高といいたいわけじゃなくて、こういう見方をしたよ。ってだけなんですよ。
現に上の方にいろいろ書きましたが、ロシウのダメなしーんとか、ロシウの反省シーンとかあるじゃん。
良いところもあるけど、悪いところもあるジャン?
単純に善、単純に悪じゃないから、このグレンラガンはおもしろいんじゃん?
とかそういう感じなのですが・・・
うーん、このエントリはいろいろ参考になりました。
いろんなコメントありがとうございます。
グレンラガンはいろいろ今後もエントリ起こすので
遊びに来て、どんどんコメント下さい。
恐らくシモンの人生が悲惨かどうかに関しての議論の要点は、
「客観的な幸福・不幸は存在するか?」
ということに尽きると思う。第三者が人の幸・不幸を(当人の意見を無視して)評価できるのか、という。
管理人さんは基本的にそれが出来るとの前提(恐らくは無意識に)で話を進め、それに反対する人は出来ない、人によって幸・不幸は違う、そもそも幸・不幸はその人自身が評価するもの、といった意見で対立しているように見えた。
特に重要な相違点は、本人が不幸ではないと思っている(ように見える)場合に、それでもその人は不幸であり得るのか、という点だと思う。
これは自分が素晴らしいと思っているアニメや音楽について、「それは本当はつまらないのだ。つまらないものを見て面白いと思わされているだけなのだ」と言われているのに似ている。(シモン(のような人)に管理人さんが「あなたは不幸だ」と言う場合)
これに対する究極の答えは「君がそれをつまらないと思うのは構わない。でも僕にとってはこれは最高に楽しいんだ。」というものだろう。これに対してそれ以上その人に言うべきことがあるだろうか。
管理人さん自身のシモンの人生への評価は究極的に「悲惨な人生」となるだろうけど、それはシモンには何の関係も無い事でしかない。
ロシウの評価については単純に政治家とはどのように評価されるべきかという話に感じた。だから自分はつまらないと思った。結果が上手くいったら評価されるし、上手くいかなかったら叩かれる。(ロシウは後者)それだけ。シモンも最初のアンチスパイラルの攻撃でミスをして叩かれた。最終的に世界を救ったから英雄と賞賛されたけど、それだけ。あくまで結果論だから。人生の話とは比べようも無いくだらなさ。
>これに対する究極の答えは「君がそれをつまらないと思うのは構わない。でも僕にとってはこれは最高に楽しいんだ。」というものだろう。これに対してそれ以上その人に言うべきことがあるだろうか。
「君がそれを面白いと思うのはかまわない、でも、僕のとってはこれはつまらないんだ」というものだろう。これに対してそれ以上その人に言うべきことがあるだろうか。
その発言はひっくり返すとこうなるんですよね。
つまり、そう思うなら、つまらないと思っている人に何かを言うこと自体が変じゃないかと。
僕は、作品にここがよくなかった!と言ってるので、僕のエントリーにもここがよくなかった!と言われるのは、まぁ、仕方がないかなとは思ってコメント蘭を開けてはいます。それでもまぁ、酷いコメントがあれば凹みます。だから、作者の人もヘコムことはあるだろうと思います。でも、僕は作品にはコメントしたい。だから、僕がコメントでディスられるのも仕方がないとは思っています。
まぁ、難しいことがいろいろあるなぁとは思います。
ぼくがわからないのは、ひっくり返すと、自分があいての立場になると、矛盾したコメントを何の説明もなしにいわれるので、いや、それコメント発言者さんもおなじですよね?と。
だから、混乱してしまうんです。はい。
>僕は僕から見たシモンをみた僕の感情について、話しをしていたのですが
なるほど。確かにそれで合点がいきます。管理人さんがどう感じる“べき”かを他人が決める事は出来ないわけだから。管理人さんの受けた印象は他人とは無関係に成り立つし、これはどう転んでも変わらない。(少なくとも管理人さん自身の意見が後になって変わらない限り)ただ、
>なぜ、個人の幸福を個人が決めて良いとおっしゃる人が、僕の不幸を僕が決めて悪いのかが、ずーっと混乱の1つの原因ではあったのです
ここのところの表現は管理人さんの誤解と混乱があって、この場合精確には
「なぜ、個人の幸福を個人が決めて良いとおっしゃる人が、僕が不幸だと感じたと僕が決めて悪いのかが、ずーっと混乱の1つの原因ではあったのです」
と書くべきでしょう。ところが実際本文での管理人さんの言に照らし合わせると、
>なぜ、個人の幸福を個人が決めて良いとおっしゃる人が、シモンの不幸を僕が決めて悪いのかが、ずーっと混乱の1つの原因ではあったのです
と言っているように少なくとも見えてしまう。だからここも、
「シモンが不幸であると僕が感じたと僕が決めて悪いのかが、ずーっと混乱の1つの原因ではあったのです」
というのが管理人さんの本当の主張ということになるでしょう。確かにこれなら管理人さんに文句を言う人はいない。(文句を言う人は誤解をしていると言える。)
僅かな言葉の違いですが。
名前を間違えていたことに気づいたら本文を訂正しろよ。
先週イッキに観賞しましたが、僕もやはりそのラストは無いだろ!!!!!と激怒してしまいました。
夢が無い。
シロウはニアと幸せな家庭を築き、20年後も先頭に立ってみんなを引っ張っているべきだと思いました。
この脚本を書かれた方は独身の方なのかな?
>シモンはニアと幸せな家庭を築き、20年後も先頭に立ってみんなを引っ張っているべきだと思いました(名前間違ってたので改変)
まあ、そうなるとテッペリン攻略で話はおしまいということになるわけで。そこまで見て、後は無かった事にするしかないなあ。
あと、「べき」って何ですかね。人生って結局の所あるがままのもの
であって、「~べき」とか言った所で、なるようにしかならないんじゃないのかいな。(アニメなら作者が登場人物の人生を変えられるだろうと思われるかも知れないでど、しかし一旦アニメの中の設定が決定したのなら、これを変えることは出来ないわけで)
「夢が無い」って、夢って何ですかね。
またここの管理人さんとのやりとりの蒸し返しだけど、
その夢が「誰の」夢なのかってことじゃないかな。
一回しか見てなくて理解力がない私なので見当違いだったらスイマセン。
ニアが消えてなくなったのはスパイラルネメシスが作りあげた仮想生命だからだという事ですが、もともとは螺旋王(ロージェノム??)の娘で実態生命として成り立っていて消えるとしたら仮想生命メッセンジャーニアだけが消えるんではないんでしょうか?
コメント欄なんですが気になってたんで意見聞けると幸いです。