わたしは、このぶんしょうの、どこに、くとうてんを、うったらよいか、が、わからなかっ
た。
私は、この文章の、どこに句読点を打ったらよいかが分からなかった。
私は、この文章の、どこに句読点を打ったらよいかが、わからなかった。
私は、この文章の、どこに句読点を打ったらよいか、わからなかった。
この文章の、どこに句読点を打ったらよいか、私は分からなかった。
この文章の、どこに句読点を打ったらよいか私は分からなかった。
この文章どこに句読点を打ったらよいか私は分からなかった。
この文章どこに句読点を打ったらよいか、私は分からなくなったw
こんな感じか?30を越えて、ブログを書いて読点の重要性に気が付く国語力が小学生以下の俺が通ります。
ちなみに
ここではきものをおぬぎください。
ここでは、きものをおぬぎください。
ここで、はきものをおぬぎください。
が読点を打たねばならない例。
上記の例は、そこに『、』がないと後ろと『ひらがな』が繋がっているように見えるので可読性が落ちることを杞憂して『、』を打った例から始まり変更を加えていった例。それぞれ何を修正したかわかりますか?(読みやすくなった、読みにくくなったは別として。)
このほんとこのきじはかんれんしていませんがこんなほんもあったのでしょうかいまで
解説・学校で教えてくれなかったこと
はい。ずーっと読点の打ち方がよく分からなかったのです。
なのでよく
私は、この文章の、どこに句読点を打ったらよいか、わからなかった。
こういう文章を書いていて、『私は、この文章の、』というのは表現として、が重いと思っていたのですが・・・
この文章の、どこに句読点を打ったらよいか、私は分からなかった。
と『私は』を後ろに持ってくることで『、』を1個減らして同じ効果を持てるんだという事に、ようやく気が付き・・・
最終的には
この文章どこに句読点を打ったらよいか私は分からなかった。
とすることで『、』を0個に減らせるのだが、最初は『、』が多すぎで読みにくかったが、今度は『、』が少なすぎて読みにくいので
この文章どこに句読点を打ったらよいか、私は分からなかった。
とすることで文章の切れ目が分かって多少良くなるといった感じだなぁと。最近感じでいます。
要するに学校では、こういうときに句読点を打つというのは教えてくれたのですが、読点というものは、文章の構成に依存するので読点が多すぎるときには文章の構成の方を変えないといけなくて、読点を単純に減らせばよいと言う物ではない。と言うことを学校では教えてくれなかったんですよね。(聞いてなかっただけという考え方もありますが)
ま、最近は句読点の数が変だなと感じたら、文章の構成がおかしいんだなぁと感じて、時間があるときは見直すようにしていますが、時間がないときはシカトして書いてます。ごめんなさい。