生まれたときに両親不在で見習うべき人という物が周りにいなかった。だから、映画やノベルの主人公達を参考にモノマネ人生を歩んできた。
次に、プログラムを始めた。人の書いたプログラムを打ち込んで、まねる。まねる。モノマネ人生。そうやって、まねて、まねて。偽物ばかりを作り続けている内に、気がついたことがある。(※盗作という意味ではないよ! ちゃんと自分で考えて書くけど、結局、アルゴリズムとか、物事みんなモノマネだよねという事)
サーバープログラム・クライアントプログラム。コンパイラ、アセンブラ、C言語、C++言語、JAVA、PHP UJML etc,
本質は大して変わらない。同じような概念、同じような構造、モノマネすべき事はそう多くない。色づけの仕方を変えるだけ。
最近、デザインの勉強を始めた。64x64ぐらいのアイコンは、ちょっとした物なら作れるようにはなってきた(30才にして、駆け出しレベルだけど。)
640×480サイズの絵を描こうとして、書けなかった。あぁ、これが、デザインという物かと、何が出来ないか。壁にぶつかって、ようやくわかった。
たぶん、このできないを、できる。に変えるためには、色相とか、色のマッチングという物を勉強して、数多くの作品の色遣いモノマネしてモノマネして、レイアウトという物をモノマネして・・・おそらく、少なければ100、多ければ1000,最悪で万におよぶデザインをマネすれば、その共通部分を悟って、できないを、できるに変えられると思う。
30になって、デザイン1年生か・・・こっから、いままでプログラマとしてやったことを、もう1度1から始めるのかと、おもって、真剣にノイローゼ。
ただ、言い方を変えると・・・。このデザインをモノマネしていった、先にある。すべてのデザインに共通する、核となるぶぶんは、そんなに多くなく、そして、実は、プログラムの核とかなり、似ている気がしている。
実は、それは、デザインだけではなく、音楽も同じような気がしている。コードとよばれる物を中心に、核はいっしょ。
たぶん、プログラム、デザイン、音楽、だけではなく、料理とか、その他の芸術品も全部核があって、その核は非常に似ていて、共通部分がある。
その核自身は、文言としては、たぶん、学校で習える。習った物を血肉にするのは、千万のモノマネの果てにある。
そう考えて、挫折をする。千万のモノマネかと。
ただ、表題の、バカボンドの中の台詞ではないが、そういった、核の核たるぶぶんを見つめていると、たまに、『天』というのか『神』というのか、『大自然の神秘』とでもいうのか、すごい物が見えてくる。
僕はいわゆる、宗教の神を信じるわけではないが、そういった、物の中に潜む神みたいなものを、宗教家の人は『神』というのかと思う。
面白い物だなぁと、目に見える物をコピーして、偽物(モノマネ)を続けていく内に、作品の中に、神様みたいなものを見いだして、それを、プログラム以外の物にも感じて、このまま、ありとあらゆる物も、万物無辺の偽物作りを続けていったら、最後には、神様の偽物を作れるようになるのかなぁと・・・(宗教家の方ごめんなさい)
そんな不遜なことを思いましたとさ
ふーんと、思った人は、下の本を読んでみると、もうすこし、偽物という物がわかるかもしれない。

偽物語 上